脳の直感は、最先端の分析技術を超える
「最初に感じる、”理由は分からないけれど何となくおかしい” は思った以上に正確」
1983年の9月にカリフォルニアのJ・P・ゲッティ美術館に、ジャンフランコ・ベッチーナという美術商が訪ねてきた。
この美術商が言うには、「クローノス」と呼ばれる紀元前6世紀の大理石像を手に入れたので、買わないか?ということ。
彼の提示した値段は、約1000万ドル。
当然のことながら、購入を決める前に、美術館側は徹底的な調査を行った。
先ずは、他のクローノス像との比較。
すでに、アテネの国立考古学博物館にある、「アナヴィソスのクローノス」と比較したところ、一致しているように思われた。
次に、カリフォルニア大学の地質学者であるスタンリー・マーゴスの協力をはじめとして、
- 高解像度の立体顕微鏡による微細な外観調査
- 電子顕微鏡による調査
- 質量解析
- X線解析
などの先端技術を駆使した調査も行われた。
様々な調査結果から、今回の美術商が持ち込んだクローノス像は贋作ではないと美術館側は判断し、鑑定調査を始めてから14カ月後に、正式に購入することを決定した。
しかしながら、このクローノス像に全く問題がなかった訳でもない。
具体的に、そして明確に指摘はできないのだが、「何かがおかしい」のだ。
最初に、それを指摘したのは、イタリア人の美術史家のフェデリコ・ゼリ。
彼は、ゲッティ美術館の評議員のポストにも就いているが、彼がこのクローノス像を見た時、まず感じたのは
「爪が変だ」
ただし、理由は分からない。
次に、この像に対する違和感を指摘したのは、イブリン・ハリソン。
彼女は古代ギリシア彫刻については世界でも指折りの専門家である。
その彼女がたまたまカリフォルニアを訪れていて、この彫刻を見た。
美術館のスタッフが像にかけてあった布をサッとめくった瞬間、彼女は直感的に感じた。
「何かがおかしい」
三番目は、ニューヨークにあるメトロポリタン美術館の元館長である、トマス・ホービング。
かれが、この像を見た瞬間に感じた言葉は、
「新しい」
2千年前に作られた彫像の第一印象としては、何か奇妙だ。
これらのコメントに困ったゲッティ美術館は、今度は像をわざわざギリシアのアテネまで運んでいき、著名な専門家に鑑定してもらった。
そして、彼らから得られた反応は、ネガティブなものばかりであった。
ベナキ美術館のアンゲロス・デリボリアスは、何故、この像が偽物だと判断したのかについて、
一目見た瞬間に「直感的な発見」
があったからだと言い放った。
- 専門家や、最先端の分析技術を使って何ヶ月にもわたった調査では、この像は本物。
- 古代ギリシア美術の専門家が「直感的に感じた」得た結論は、この像は偽物
どちらを信じればよいのか?
どちらが事実なのか?
そして、時間の経過と共に次第に、今回の像を持ち込んだ美術商側の化けの皮が剥がれてきた。
先ずは、手紙。
美術商が証拠の1つとして提示した1952年のものと主張している一通の手紙には、その20年後に、ようやく正式に運用を開始した新しい郵便番号が記されていた。
1955年のものだとした手紙には、1963年に開設された銀行口座の番号が記されてした。
では、先端技術を用いた科学的分析の結果はどうなのか?
これは、一例であるが、像が作られた年代を推定した材料は、ジャガイモを腐敗させるカビの一種をドロマイト(岩石である苦灰岩を指す)につけて何ヶ月か「熟成」させるだけで相応の材質になるという。
美術商が持ち込んだ贋作を「一目見た」専門家は、一瞬で直感的に「贋作だ」と見抜いたのである。
その時間は、僅か数秒。
最先端技術や法律の専門家などからなるチームが14ヶ月かけて得られた結果は、たった一人の「数秒の判断」に足元にも及ばなかった。
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