無意識の学習:意識しなくても無意識は情報を収集・解析する

第二次世界大戦中、イギリス政府は大陸より押し寄せてくるドイツの空軍に対抗するため、「スポッター」と呼ばれるチームを編成します。

このスポッターの任務は、飛行機が飛んでくる空を見るのではなく、近づいてくる飛行機のエンジン音に対して耳をすませ、自分の有する経験から、そのエンジンの音が味方の飛行機のものか、敵であるドイツ空軍の飛行機であるかを判別するものです。

このスポッターの任務に値するスキルを有する人間はそれ程多くはいなかった為、イギリス政府は他の人間を訓練により育成しようと試みたが、最初の頃は思うようにスキルの伝達が出来ず、人材の育成は失敗に終わりました。

一番の理由は、スポッター自身が何が理由で、味方のエンジン音と敵軍のそれとを区別できるのか、その根拠について明確に説明(言語化)することが困難だったのが一番の理由です。

言語化できないということは、即ち、他人に伝えることも、あるいは、マニュアル化することも出来ない、ということと同義です。

そして、イギリス軍は、このスポッターの育成に奇想天外な方法を導入することになりました。

トレーニングの内容は非常にシンプルです。

ベテランのスポッターとトレーニングを受ける新人スポッターとが一組になり、霧深い野原で近づいてくる飛行機のエンジンの音に耳を澄ませます。

そして、新人スポッターがそのエンジン音が敵か味方かを判断し、その答えに対して、すぐ横に立っているベテランスポッターはそれに対し、「イエス」あるいは「ノー」の非常にシンプルなフィードバックをその場で直ぐに与えます。

そこには、ベテラン・スポッターによる詳しい解説や議論はありません。

既に書いたように、ベテラン・スポッター自身ですら何を根拠に判断したのか全く説明できないのですから。。。

そして、驚くべきことに、新人スポッターもトレーニングを続けていくうちに、どういった理由かは全く自覚は出来ないものの、次第に耳にしたエンジン音の判別がつくようになったのです。

このような事例から、ある意図をもってトレーニングを続けていくと、脳は無意識の領域でデータを収集・解析し、結果として適切なアウトプットを出力するようになると言えるでしょう。

これは身近な例でみると、例えば、練習して自転車に乗れるようになった人に、「どうやって自転車に乗れるようになったのですか?」と尋ねるようなものに該当するのではないかと思います。

また、こんな例もあります。

これもまた、第二次世界大戦のイギリスの事例です。

第二次世界大戦中、イギリス軍は女性を中心としてチームを編成し、日々、ドイツ軍のモールス信号による通信の傍受を行っていました。

当然、ドイツ軍の通信は暗号化されて行われており、内容の解析までは不可能でしたが、そのモールス信号のパターンを長期間にわたり聞き続けていると、そのパターンが何人かの発信者に特定できるようになったのです。

すなわち、そのモールス信号のパターンを聞き分けることにより、名前は分からないけれど、「誰が」が特定できるようになったのです。

これだけでも、大きな収穫で、それをさらに発展させ、その信号はどこから発信されているのか、さらには、「誰が」どこにいるのかということも分かるようになってきたのです。

最終的には「ある程度同じコールサインを聞き続けていると、その部隊では3人の通信士が交代で働いており、それぞれどんな特徴があるのか」ということすら把握できるレベルに達しました。

人間の無意識は、非常に複雑なデータの塊から、意識が意図するものに沿った特徴・パターンを見い出し、答えを提示する能力があると言えそうです。

すなわち、ゴールさえ設定すれば、あとは無意識が勝手にやってくれるという、概念の具体的な例かもしれません。

ただし、上記の例は比較的短時間にゴールを達成した例かもしれず、通常、私たちの日常生活においては、たとえ意図したとしても、それがいつ実現するのかは全く予測がつかない、というところが、こころもとないところでしょう。

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