行動経済学:意思決定における相対性のワナ

人間の下す判断が必ずしも「合理的でない」ことをことを元に経済学を展開する、「行動経済学」。

その行動経済学の解説本として笑える内容の、「予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 :ダン・アリエリー 他著 早川書房 2010/10/22」

記載されている実験例として

  • 無料!に払いすぎてしまう「ゼロコストのコスト」
  • おためしセットに魅了される「高価な所有意識」
  • プラセボ薬は高額なほうがよく効く「価格の力」
  • お金は盗まなくても鉛筆なら失敬できる「わたしたちの品性について」
  • 人に何かをほしがらせるには、簡単にはそれが手に入らないようにすればよい
  • 無料で10ドル分のアマゾンギフト券をもらうのと、7ドル払って20ドル分のギフト券をもらうのとあなたはどちらを選ぶか

等がユーモアをまじえて解説されています。

今回は、私達の毎日の生活において「一番重要な」給料の話です。

お金に関する価値観は、多分、細かなところでは、西欧社会と東洋社会とは異なるとは思いますが、

「給料の多さと幸福感との間には相関性はない」

というのは、洋の東西問わず、だいたい同じ価値観ではないかと思われます。

しかしながら、「頭では分かっている」ものの、実際の人間の行動は関連しない、というのが行動経済学の面白いところです。

本書の実例として挙げられているのが、1992年にアメリカの証券規制当局が各企業に対して、経営幹部の報酬額を細かに開示することを義務付けたことを挙げています。

当局が考えていたシナリオは、報酬額が公開されれば、理事会も幹部に法外な給料や手当てを出すことが困難になるだろう、というものでした。

これまで、どんな規制も法律も株主の圧力も抑えられなかった幹部の給料増加がこれで止まるであろう、と期待したのです。

当時の社会情勢において、1976年に平均的なCEOの報酬は、平均的な従業員の36倍でしたが、1993年には、131倍にも膨れあがったようです。

さて、この当局の規制の結果はどうであっただろうか?

企業の幹部の報酬が一般に公表されるようになると、マスコミが定期的にCEOの報酬額ランキング特集を組むようになりました。

そして、報酬が公になったことで、幹部の報酬が抑えられるどころか、アメリカ企業のCEOたちは自分の報酬を他社のCEOの報酬と比べるようになり、その結果、幹部の報酬はうなぎ登りに上昇したのです。

結果、アメリカ当局の思惑は外れ、平均的なCEOの報酬は、平均的な従業員の369倍となってしまいました。

以上は、企業の幹部の話でしたが、この現象は一般社員にもあてはまり、以下は、本の著者と、ある企業幹部との会話。

「社員の給与データベースの情報が会社じゅうに知れ渡ったら、どうなると思われますか?」

「我が社は大抵のことなら克服できるでしょう。インサイダー取引も、財政上の不祥事も乗り越えられる筈です。ですが、もし社員全員が全員の給料を知ってしまったら、それこそ大惨事です。一番の高給取り以外は、みんな自分の給料が安すぎると感じると思います。わが社を辞めて他社に移ってしまうかもしれません。」

以上はアメリカでのはなしでしたが、同じような現象は、現在の日本にも当てはまるでしょう。

また、この「相対性のワナ」の現象は、小さくは男女の結婚にも当てはまり、この本の著者は、配偶者の兄弟姉妹の中に、「自分よりかけ離れた高給取りの配偶者を持つ」人物がいないかどうか確認することを薦めている。

とある西欧のジャーナリストが言うには、

「給料に対する男性の満足度は、妻の姉妹の夫より稼いでいるかどうかで決まる」

との事のようです。

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