言葉の持つパワー (3)

もう忘れてしまったかもしれませんが、以前、「質問の威力」についてのお話をしたかと思います。

相手から発せられた質問に対して、本人が意識しようししまいと、脳は質問に対する答えを自動的に探し始めます。

この質問の影響力は、無意識レベルにまで及び、ここでは具体例は示しませんが、薬などを用いずに、肉体の異常(病気とか)や心理的な不具合を改善することも可能です。
(私が、見たり聞いたりした範囲ですが。。。)

で、今回は、この「質問」から、さらに範囲を広げて、日常に使われる言語や非言語の威力について考えてみたいと思います。

巷で言われている、「言葉のパワー」という代物です。

私達は普段、特に意識せずに相手とコミュニケーションをしていますが、そこで使われる言葉や非言語を注意深く選ぶことにより、相手に対して絶大な影響を及ぼすことが可能みたいです。

言葉の使い方を選ぶことにより、厄介なことになりそうな状況を変化させたり、自分の感じ方や、他者が自分を見る時の捉え方を変えてくれます。

ここで、1つの例です。

私は、昔、製薬会社に勤務していた関係から、(イメージが浮びやすいので)医者と患者さんとの会話を取り上げてみます。

とある病院の診察室で。。。

患者

「今、飲んでいる薬の効果は出ていますか?」

医師A

「(眉間にシワを寄せ、難しい表情で)残念ながら、効果は出ていないようです。」

→ 患者さんはがっくりし、心配でたまらなくなる。

医師B

「(ポーカーフェイス、又は、温和な表情で)う~ん、まだのようですねぇ~。もう暫く様子を見てみましょう。」

→ 患者さんはいくらかは期待していいものだと思うし、あるいは、選択肢は他にもあると考える。

この場合、事実は、「現時点では薬の効果は出ていない」という事のみであり、「この薬には効果がない」と断定するのは、単なる思い込み、あるいは、事実の解釈・見方の一つ。
(勿論、本当に患者さんに対して効果がないのかもしれない)

次の例です。

これは、入れ替えて使うのが簡単で、どのような会話においても、それまでのとは全く異なる感じを与える言葉を見てみます。

それも、たった「2文字」です。

例えば、仕事がらみのお客さんの対応時(クレームとか)に。。。

  • どうもすみません。「でも」、私はその担当ではありません。

      v.s.

    どうもすみません。「では」、私はその担当ではありまんが、上司を呼んでまいります。

  • どうもすみません。「でも」、私は今、忙しくて、対応することが出来ません。

      v.s.

    どうもすみません。「では」、私は今、忙しくて、対応することが出来ませんが、○時には終わると思うので、その頃にもう一度、御連絡いただけますでしょうか?

上記、2つの例で、たった「2文字」を入れ替えることによる、受ける印象の違いを感じられますでしょうか?

「でも」は、その前の内容がなんであれ、その内容を完全に否定してしまいます。

そして、聞き手は、「でも」の前の内容は無視し、「でも」のあとに続く部分にのみ意識を集中させます。
(この例では、「どうもすみません」という、こちらからのお詫びの意は無視される)

一方、「では」の場合、その前後の内容は両方とも認知され、維持されます。

また、別の表現を借りると、「でも」を使った場合は、可能性(選択肢)を完全に閉じてしまう(それ以上の発展はない)一方、「では」の場合は、新たな可能性(選択肢)を得たり、提供することが出来る、とも考えられないでしょうか?

これは、私自身の実話ですが、心理学の勉強を始めてから暫くして、私自分の発する会話の中に、この「でも」を自分が頻発していることに気付いたのです。

さすがに、「これは、マズイッッ!!」と思い、それからは、意識して、この「でも」を使わないように会話をするように心掛けました。

今では、無意識でも、「でも」は使っていないと思うのですが(←多分)、それまでは、相手に対して、場合によれば、イヤなイメージを与えてしまったかもしれないと、反省することしきりです。

“でも”、この「でも」という言葉がプラスに働くケースもあるでしょう。

それは、済んでしまったことを無視したい場合です。

  • その日はチョット無理です。「でも」、○日以降であれば、何としてでも都合をつけて予定を空けます。

普段、私達は無意識に言葉を使い(言い換えれば、「言葉の垂れ流し」)、コミュニケーションをしていますが、(上の例では、ホンノ一例ですが)どんな言葉を使うかにより、相手に対して良いイメージを与えたり、逆に、自分はそんな気がなくても、悪いイメージを与えたりしていると、私は考えています。

この種の日本語で、一番短いのは、多分、「が」でしょう。

  • あなたの言っていることは正しいと思います “が”・・・

    → 極論すれば、「あなたは間違っている」という裏の意味を相手に伝えている。

日本における義務教育では、正しい日本語については教えてくれますが、上記の内容のような、言葉の持つパワーについては教えてくれませんので、この種の参考書を読んで、日頃からトレーニングするのも一法でしょう?

また、私は詳しくは知らないのですが、これの応用版として相手の発する会話のパターンを解析することにより、相手が無意識に持っている思考パターンを読み取ることも可能みたいです。

この言葉の使い方は、結構面白いと、”私は思う”ので、次回も、言葉の持つパワーについて考えてみたいと思います。

こう考えると、日本語って、本当に難しい。。。

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