3億円が直後は幸せだけど

心理ネタには事欠かない「行動経済学」。

元々はダニエル・カールマンとバーノン・スミスが確立した心理学の一分野。

ノーベル経済学賞(正式には「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」という長ったらしい名前)受賞。

正式にはノーベル賞ではないが、経済学では最も権威のある賞の一つ。

ノーベル賞には心理学の分野がないため、経済学の部門で受賞した。

さて、話は変わり、「幸福度の測定」について。

誰しも、何億円・何千万円の宝くじが当たったら、もう、全ての問題は解決し、その後の人生はバラ色だと想像するでしょう。

でも、これは、宝くじに当たったことのない人の話。

世の中には、実際に宝くじに当たった人にインタビューをして、その「幸福度」について測定した研究者がいるようです。

その結果は、「宝くじに当たった人と、当たったことのない人の間には、その幸福度には差はない」らしいです。

勿論、宝くじに当たった人は、世界旅行に行って高級ホテルに泊まった、新車を買った、新しいマンションを買った、といった具合に、当たった直後は当然、至福度は最高のレベルに達しますが、時間が経つにつれ、そういった生活が日常化していまうと、その幸福感は次第に萎んでくるとの事。

以上が、幸福度に関する調査結果。

今度は「不幸度」に関する調査結果。

以下、「世界は感情で動く:行動経済学からみる脳のトラップ(マッテオ・モッテルリーニ著)」より引用。

ブリックスマンらは、交通事故で手や足が不自由になった29人に対しても同じ質問をした。

事故直後、彼らは「恐ろしいほど不幸で希望も失った」とはっきり述べていた。

しかし、一年後の彼らの日常的な満足度には、無作為に選んだ人々(ここでは、普通の人達を電話帳から抽出)のそれにくらべて、目だった相違がなかったのだ。

(引用終わり)

「注意の焦点化効果」

宝くじにしても、交通事故にしても、私達は人生に起きる非常に「インパクトのある」出来事について考えるとき、その事だけに意識の焦点をあて、それに伴う感情をもとに、人生全体を見てしまう傾向があると言えるでしょう。

経済的豊かさが必ずしも「幸福度」に貢献しないというのは、教育・道徳的観点からの言葉ではなく、人間の心理的な枠組みでも言われる内容のようです。

脳には「馴化」という性質を持ち、大金持ちの生活に馴れてしまうと、それが(自分にとって)普通の状態であると判断します。

また、こういったインパクト性の強い事柄だけではなく、「注意の焦点化」は私達の日常の購買活動にも働いているとも言えるでしょう。

例えば、今日の日本経済の中では、何かを買う時は「価格」の一点であるケースが多いと思います。

昔のバブリーな時代の時には、「ブランド」であったと思います。

バブルの時代には、同じ機能を持つ、例えばカバンを買う場合、「安い無名のカバン」よりも「高いブランド品」であったと記憶しています。

一つの店頭にある品は「価格」「ブランド」「品質」「機能」や、はてまた、「色」など複数の判断材料がありますが、例えば、知り合いに、「何で買ったの?」と質問すれば、大抵の場合、「安かったから」という具合に言語化される理由は1つでしょう。。。

スポンサーリンク
[スポンサーリンク]
[スポンサーリンク]
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
[スポンサーリンク]

コメントをどうぞ